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トピックス


■ 町田市立博物館
没後50年記念 加藤土師萌展 色絵磁器を極めた人間国宝 その技とデザイン

重要無形文化財保持者(人間国宝)加藤かとう土師萌はじめ(1900年から1968年)は、横浜市の日吉に窯を築いて作陶した、日本を代表する陶芸家です。
加藤は愛知県瀬戸市に生まれ、地元で図案を学んだ後、岐阜県多治見の岐阜県陶磁器試験場(現・岐阜県セラミックス研究所)に迎えられ、窯業技術と陶磁器デザインの開発に取り組みました。昭和12年(1937年)パリ万国博覧会では、日本館の室内調度を手がける陶磁器デザイナーとして活躍しただけではなく、個人としての出品作がグランプリを受賞しました。やがて、加藤の芸術家としての才能は、独立と日吉窯開窯の道に向かいました。多治見時代に培った豊富な技術や知識とデザイン力を大きくはばたかせていきます。
加藤は横浜に移った後、東京藝術大学初の陶器講座担当教授として教鞭をとる傍ら、苦心の末、中国色絵磁器の中でも最も難しいとされた「黄おう地じ紅こう彩さい」や「萌もえ黄ぎ金きん襴らん手で」などを再現し、昭和36年(1961年)には「色絵磁器」で人間国宝に認定されました。晩年は皇居新宮殿におさめる高さ150センチの大作「萌黄金襴手菊文蓋付大飾壺」の制作に没頭し、完成間近の昭和43年(1968年)にこの世を去りました。
本展覧会は、加藤土師萌の没後50年を記念し、初期の岐阜県陶磁器試験場で制作された多数の作品をはじめ、その後横浜時代に手がけた技法の作品により、加藤の比類ない技術と創造性を明らかにします。また、古陶磁の調査や海外視察の際に描かれた美しいスケッチ類などを併せて展示し、芸術家にして陶磁器研究者、そしてデザイナーとしてもすぐれた功績を残した幅広い創作活動を紹介します。

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